ひな祭り──ひな人形に込められた願いと、日本人の信仰のかたち
三月が近づくと、家の中に飾られる人形たち。
それは、春の訪れを告げ、子どもの成長を願う行事として知られている。
だが、その人形は本来、何のために生まれたのか。
その答えを知るには、まず「人のかたち」が日本で何を意味してきたかを辿る必要がある。
本稿では、ひな人形を通して、人のかたちに祈りを託してきた日本人にとって、信仰とは何かを考えていく。
人のかたちに宿るもの
日本には古来より、「八百万の神」という考え方がある。
これは山や川、風、石など、すべてのものに神が宿るという日本独自の宗教観である。
神は特定の場所にとどまる存在ではなく、身近なものに宿る。
このように日本では、物は「何かを宿す」という前提でとらえられることが多い。
宿るのは「神」や「魂」だけではない。
人の念や、厄災のようなものまで、含んでいる。
その中でも特に「人のかたち」をしたものは、特別なものとして受け止められる。
人の姿を写したものは、ただの物のようには扱えない。
山や風が神や魂を宿す「受け皿」となるように、「人のかたち」をしたものは「特定の誰か」の「受け皿」、すなわち「誰かの代わり」になり得る。
人形を処分する際に「供養」という形をとるのもこのためだ。
日本に古くから伝わる藁人形を用いる呪いの儀式においても、人のかたちをした藁人形は「特定の誰かの代わり」として扱われる。
身代わりの人形が、雛人形になるまで
災厄を引き受ける人形
日本には古くから、災いや穢れを別のものに託して払うという考え方がある。
日本に今も残る「はだか祭り」も、その延長にある。はだか祭りでは、ほぼ裸の身体そのものが「厄を引き受ける器」となり、神の前に進み出る。
そして、身一つで地域の穢れや不運を引き受け、それを祈りとともに神に委ねる。
これを人ではなく、「人のかたち」に担わせたのが形代(かたしろ)である。
形代 とは、人のかたちをかたどった紙や木の身代わり人形のことだ。
神道の世界には、川や海に身をひたして心身を清める「禊(みそぎ)」がある。
その作法のひとつに、人の代わりとして形代に厄を託し、水に流して払うという行為がある。

人の形に切った紙に穢れを移して水に流す風習は、今も続いている。
これは、人のかたちをしたものが「人の代わり」として用いられる、もっとも端的な例である。
この形代に厄を託して水に流すという行為は、祓の作法として今日でも日本各地にその形を残している。
流しびなの始まり
形代に厄を託して水に流すという祓の作法は、やがて三月の節句という季節の節目と結びついていく。
三月三日は、もともと中国で行われていた「上巳(じょうし)の節句」に由来する日である。旧暦のこの頃は、季節の変わり目にあたり、災いや穢れが生じやすいと考えられていた。そのため、人々は川辺に出て身を清め、水に触れることで不浄を洗い流す禊の儀礼を行った。
この風習が日本に伝わると、古くから行われていた禊と結びつき、水で身を清める代わりに、人のかたちをした形代に厄を託して流すというかたちをとるようになる。
これが、のちに「流しびな」と呼ばれる風習である。
紙で作られた小さな人形に子どもの厄を移し、川や海へ流して無事な成長を願う。
こうして身代わりの人形が、季節の節目と結びつき、祓の作法は年中行事としてのかたちを帯びていく。

流しびな
ひいな遊びとの融合
流しびなの風習が年中行事として行われるようになったのと同じころ、貴族の子どもたちの間では「ひいな遊び」と呼ばれる人形遊びが広まっていた。
「ひいな」とは、小さく愛らしい人形を指す言葉である。
人の姿を写した小さな人形を手元に置き、調度を並べて暮らしのまねごとをするこの遊びは、現代の人形遊びにも通じるものである。
災厄を引き受けて水に流される人形と、手元に置かれて大切に扱われる人形。
性格の異なる二つの人形は、同じ文化の中で結びついていく。
身代わりとして災厄を外へ運び去る人形が、子どもを見守る存在としてそばに置かれる。
こうして、人形はその役割を変えていった。
これが、雛人形のはじまりである。
信仰は、暮らしの中にある
「日本人は無宗教なのか?」の記事で書いたように、日本人はその祈りや願いを自然に生活に溶け込ませている。
ひな人形もまた、特別な儀礼というより、日々の暮らしに根差した習慣に近い。
もとをたどれば神道の「禊」というルーツを持ちながらも、その宗教的な意味合いを表に出さず、季節の行事として静かに続けられてきた。
神社に行き、手を合わせるときだけが信仰の時間なのではない。
日々の暮らしに根付く習慣や風習、行事──その繰り返しの中に、日本人の祈りや願い、信仰心が息づいている。
これが、日本人の宗教観のひとつのかたちなのである。


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