美しい日本の伝統工芸品
九谷焼の魅力
日本には、世界に誇る多くの伝統工芸品がある。
いずれも職人の手仕事と日本独自の美意識に支えられており、食卓や儀礼の場で、機能性と美しさを両立させてきた。
※伝統工芸品の記事についてはこちらを参照:職人の技・伝統工芸品アーカイブ
その中でも国内外で高い人気を誇るのが「九谷焼」である。
器としての機能を保ちながら、視覚的な華やかさを正面から打ち出し、 世界中の人々を魅了してきた。
今回は、九谷焼が愛されてきた理由を、その歴史や背景からひもといていく。
九谷焼の起源と歴史
九谷焼は、江戸時代前半(17世紀中頃/1650年代)、加賀の九谷(現在の石川県加賀市・山中温泉の九谷町周辺)で始まったといわれる。
この地で磁器の原料となる陶石が見つかり、大聖寺藩の藩主・前田利治のもとで窯が開かれた。
この頃に焼かれた初期の九谷焼は、のちに「古九谷(こくたに)」と呼ばれる。
濃い緑や黄、紫、紺などを大胆に用い、器面いっぱいに力強い絵付けを施す点が特徴である。 九谷焼が「色絵の磁器 」として強い印象を与えてきた背景には、まず古九谷の存在がある。

古九谷の器
写真提供:石川県観光連盟
しかし、九谷の窯は18世紀初頭(1700年代初頭)に一度途絶えたとされる。
理由は明確ではないが、九谷焼の歴史にはこうした空白の期間が挟まる。
江戸後期(1780年代〜1850年代)になると、九谷焼の再興を目指して「吉田屋窯」などが開かれ、産地は再び動き出していく。
吉田屋窯は、赤を用いない青手(あおで)様式による「青九谷」を生み出し、高い評価を得た。
明治期(1868–1912)以降、九谷焼は海外にも広まり、日本の色絵磁器として広く知られるようになった。
九谷焼の歩みは、始まりから今日まで一直線に続いたものではない。途絶えと再出発を重ねながら、その表現と技術が磨かれてきたのである。
九谷五彩──色の美学
九谷焼の魅力を語るとき、まず思い浮かぶのは色彩の美しさである。
この大胆で鮮やかな色使いは、九谷焼最大の特徴でもある。
なかでも際立つのが、 「九谷五彩」と呼ばれる、赤、黄、緑、紫、青(紺青)を基調とした色づかいである。
陶磁器の表面にガラス質の絵の具を焼き付ける「上絵付け」という技法によって表現され、色は器の上で鮮やかに発色し強い存在感を放つ。
九谷五彩は、それぞれが強く鮮やかな色彩でありながらも、それぞれが絶妙に調和している。重ね、にじませ、塗り分ける職人の手仕事の積み重ねが、華やぎに厚みを与え、美しい奥行きをつくり出す。
だからこそ「上絵付けを語らずして九谷はない」とも言われ、その鮮やかさと迫力は、見る者の心を一瞬で引き寄せる。
図案とモチーフの多様性
九谷焼の魅力は色彩だけではない。
器の上に展開される図案やモチーフの幅広さも、九谷焼を印象づける大きな要素である。
鳥や花、山水、物語に登場する人物など、題材は伝統的だが、描き方は一つではない。

図案とモチーフの多様性 は、九谷焼の特徴だ。
細部まで描き込む部分がある一方で、大胆な構図や色使いを用いる部分もあり、その両方が一つの器の中で無理なく共存している。
そして、そのバランスが九谷焼らしい個性を作り出している。
では、なぜ九谷焼はここまで多様になったのか。
前項で触れたように、九谷焼の歩みは、始まりから途切れずに続いたわけではない。
18世紀初頭(1700年代初頭)に一度途絶え、その後、江戸後期(1780年代〜1850年代)に再び動き出す。再興の過程で窯が変わり、関わる人が変わり、目指す表現も変わっていった。
その積み重ねが、同じ九谷焼の中に異なる作風を生み、図案やモチーフの多様さへとつながっていった。
九谷焼の代表的な作風
以下に、九谷焼を語るうえで押さえておきたい代表的な作風をいくつか紹介しよう。
古九谷(こくたに)
初期の九谷焼に見られる大胆な構図と、濃い色づかいが特徴。
草花や山水のデザインが多く、九谷五彩が鮮やかに映える九谷焼の王道ともいえる作風で人気を博す。
また、赤を使わずに青・黄・紫・紺青の4色で器面を埋めていく「青手」と呼ばれるスタイルもあり、作品全体を覆うような描き方が特徴となっている。

赤を使わず青・黄・紫・紺青の4色で仕上げる「古九谷青手」
木米(もくべい)
江戸後期(19世紀初頭)、九谷再興の流れの中で、京焼の名工・青木木米の画風を取り入れて広まった作風である。
素地に赤色を塗り、その上に風景画や中国風の人物画を描くものが多い。人物の表情や身ぶりに愛嬌があり、現在でも人気の作風のひとつである。

赤色の下地に中国風の人物が描かれる作風の「木米」
吉田屋(よしだや)
再興九谷焼を代表するスタイルで、鮮やかな緑を基調とした色絵が多い。
古九谷を受け継ぐ作風と言われ、赤を使わず、緑・黄・紫・紺青の四色で器の表面 を塗り埋める表現が特徴である。器の表面を色で埋めていくため、図柄の形や配置が際立ち、重厚な雰囲気を醸し出す。

再興九谷を代表する「吉田屋窯」
永楽(えいらく)
器の表面を赤で下塗りし、その上に金のみで模様を描く作風が特徴。 これは金襴手(きんらんで)と呼ばれ、赤い下地に金だけで模様を描く表現である。
赤地に金のみという、九谷焼の従来のイメージとは異なるが、こちらも九谷焼の代表的な作風の一つである。

赤地に金が特徴的な永楽風
飯田屋(いいだや)
赤を中心とした作風が特徴で、九谷焼で「赤絵」といえば飯田屋を指すことが多い。飯田屋の赤絵は、器の表面を埋めるように、細い線で小さな模様をびっしり描き重ねるところに特徴がある。
唐草や小花、幾何学模様などを細かくつないで器の表面を埋め、赤の濃淡で絵柄に深みを出していく。細い線で描かれた模様が幾重にも重なり、手仕事の繊細さが見どころとなっている。

九谷焼で「赤絵」といえば飯田屋を指すことが多い
こうして九谷焼の作風を見ていくと、九谷焼は「九谷焼」とひと括りにできないことが分かる。
古九谷の濃い色、木米の赤地と人物、吉田屋の青手、永楽の赤と金、飯田屋の赤絵――同じ九谷でも、その表現は全く異なる。
こうした表現の幅が、九谷焼の魅力であり、今も多くの人を惹きつけ続けている。
暮らしの中で生きる器
九谷焼は、その華やかな色彩、美しい図案、そして緻密な職人技によって、見る者を魅了する。
しかし九谷焼は、飾って美しいだけの器ではない。
食卓に置かれ、手に取られ、使われるなかで、色と絵柄の良さが引き立つ。
器としての役割を果たしながら、日常の景色に確かな彩りを添える──それこそが、九谷焼が長く愛されてきた理由である。
九谷焼は、これからもその独自性と魅力を保ちながら、新たな表現に挑み続けていくだろう。そして、その美しさは国境を越え、さらに多くの人々を魅了していくのだろう。





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