ふるさとの味探訪 ~秋田編~
日本海に面し、奥羽山脈の山並みと広い平野を抱く秋田県。
米どころとして知られるこの地では、雪に閉ざされる季節を前提にした保存・発酵の知恵と、海と山の恵みを余さず生かす調理文化が育まれてきた。
新米を囲む鍋の湯気、魚醤が立ち上げる深い香り、燻しの風味が食卓に残す余韻——。秋田の郷土の味は、厳しい自然とともに暮らしてきた生活技術の結晶でもある。
今回は、そんな秋田県のふるさとの味を訪ねてみよう。
※秋田について詳しく読む: 秋田県|雪国に息づく伝統と暮らし
きりたんぽ鍋(鹿角・大館)
きりたんぽは、北秋田の鹿角地方にルーツがあるといわれる。山仕事や猟の合間でも食べやすいよう、米を“持ち運べる形”に整えた工夫が、鍋へとつながっていった。
発祥地では、たんぽを入れた鍋料理を広く「きりたんぽ鍋」と呼び、まずは実用性を重んじる山の料理として定着してきた。
一方で隣接する大館では、家庭の「ハレの日」の料理として整えられ、のちに料理店の提供を通じて“秋田名物”としての型が洗練されていく。
囲炉裏のある暮らしの中で、焼いたたんぽが自然に鍋へ入っていった、という流れは想像しやすい。
冬の野菜(ごぼう、ねぎ、セリなど)を合わせれば、米の香りに野菜の風味が重なり、雪国の冬にふさわしい、滋味のある鍋になる。
※きりたんぽ鍋については別記事でも解説:日本の冬は鍋料理なしには語れない

秋田名物 きりたんぽ鍋
みそたんぽ(県北中心)
きりたんぽと同じく、つぶした米を棒に巻き付けて焼くところまでは共通だが、みそたんぽは鍋に入れず、焼きたてに甘めの味噌だれを塗って食べる。
香ばしい米の焼き目に味噌のコクが絡み、手に持ってそのまま頬張れるのが魅力である。
秋田の味噌文化と米文化が噛み合った食べ方として、県北を中心に親しまれてきた。山の仕事の合間や、家の囲炉裏端で焼いたたんぽに味噌を付ける——そうした家庭の光景は、昔から秋田に根付いている。
鍋のごちそう感とは別に、みそたんぽは“軽食としてのきりたんぽ”として、土地の日常に寄り添ってきた一品だ。今では観光地などでも見かけることが多く、気軽に手に取れる秋田の味として親しまれている。

香ばしく焼いたきりたんぽに、甘い味噌を塗った「みそたんぽ」。観光地の屋台でも見かけることが多い。
比内地鶏(大館周辺・県北)
日本三大地鶏のひとつでもある比内地鶏は、きりたんぽ鍋の旨味の核として語られがちだが、比内地鶏の価値は「肉」だけではなく「だし」にある。
噛み応えのある肉質そのものが評価される一方で、鍋にしたときに脂の甘みとコクがゆっくりと溶け出し、スープ全体の厚みを底上げする点が、この鶏の強みだ。
比内地鶏は県北で生産が続けられ、家庭の鍋から料理店の名物まで幅広く使われてきた。きりたんぽ鍋では、主役の具として前に出るというより、たんぽや野菜の持ち味をまとめ、全体の満足感を整える役回りを担っている。
秋田名物きりたんぽ鍋の出来を決めるのは、具材よりもだしの力。
比内地鶏は、その要になる。

日本三大地鶏のひとつ「比内地鶏」。
稲庭うどん(湯沢・稲庭)
稲庭うどんは、秋田県南部の稲庭に伝わる手延べの干しうどんである。起源は慶長期(1600年頃)までさかのぼるという伝承があり、藩主への献上品だったともいわれる。
雪の多い土地では、冬に備えて日持ちする食を用意する家が多い。
乾麺は保存が利き、食べたいときにさっと使える。稲庭うどんがこの地域で育ってきた背景には、そうした暮らしの知恵がある。
細くのびた麺は、口当たりがなめらかで、つるりとしたのど越しが特徴だ。
冷たく締めれば軽やかさが際立ち、温かいつゆでもだれにくい。季節や食卓の場面に合わせて、食べ方を選べるのも稲庭うどんの魅力である。

稲庭うどん──保存がきく乾麺は、雪国の保存食として欠かせない。
しょっつる鍋(男鹿など沿岸部)
秋田の発酵文化を語るうえで外せないのが、魚醤「しょっつる」である。
ハタハタなどの魚を塩漬けにし、時間をかけて熟成させて作られる調味料で、旨味を凝縮した味として親しまれてきた。
しょっつるは、日本三大魚醤の一つとして紹介されることも多く、秋田を代表する調味料として位置づけられている。
しょっつるは少量でも旨味が強く、香りもはっきり出る。
そのため鍋では、使い方が仕上がりを左右する。だしにしょっつるを加えて塩味を整え、豆腐やねぎ、白菜などの具材を合わせると、旨味が鍋全体に行き渡りやすい。
ハタハタは身が淡白で、卵(ブリコ)も含めて素材の持ち味が繊細だからこそ、しょっつるの旨味がそれを支え、食べ進めても味が薄く感じにくい。
沿岸で獲れる魚を発酵で調味料へと転換し、それを鍋という家庭料理で活かす——しょっつる鍋は、漁業の恵みと保存・熟成の知恵を生かした、秋田らしい一品である。

秋田を代表する調味料「しょっつる」を使った「しょっつる鍋」。強い旨味が淡泊なハタハタによく合う。
ハタハタ寿司
魚醤にも使われるハタハタだが、秋田では年末年始に欠かせない魚としても知られる。

ハタハタは、秋田では欠かせない魚だ。
「ハタハタなしでは正月を迎えられない」と言われるほど、暮らしに深く結びついている地域もある。そのハタハタを、米飯と麹で漬け込み、発酵・熟成させたものがハタハタ寿しだ。
この料理の特徴は、魚を保存するための発酵が、そのまま正月の食として定着しているところにある。
米どころ秋田では、米と麹が日々の食を支える土台であり、それがハタハタの保存にも用いられてきた。保存の工夫が、年末年始の祝祭と結びつき、食卓の定番として残っている。
下処理の仕方や漬け込みの配合、熟成の進め方は家によって違いが出やすい。同じ郷土料理でも、仕上がりにはそれぞれの家のやり方が反映され、受け継がれてきた。

秋田の正月料理「ハタハタ寿司」
いぶりがっこ(内陸南部)
いぶりがっこは、雪深い地域で天日干しが思うように進まないことから生まれた漬物である。
外で十分に干せない大根を、囲炉裏の上に吊るし、熱と煙を使って乾かしながら香りもまとわせる。干し大根を作る手段としての工夫が、そのまま“燻す漬物”という秋田らしい形に育っていった。
作り方は大きく二段階に分かれる。
まず大根を燻して水分を飛ばし、独特の香りを移す。
次に米ぬかで漬け込み、時間をかけて発酵・熟成させる。燻しが香りの柱を作り、米ぬかが酸味と旨味を加えて、味に奥行きが出る。
近年はチーズなどとの組み合わせが注目されることもあるが、いぶりがっこの中心にあるのは、冬を越すための保存の知恵である。
雪国の暮らしが磨いた保存食が、今では秋田の漬物文化を語る代表格として定着している。

近年では、いぶりがっこにクリームチーズなどを乗せた食べ方も人気を得ている。
ババヘラアイス(県内各地)
秋田の道端やイベント会場で見かける「ババヘラアイス」は、年配の女性がヘラで盛り付ける路上販売のアイスである。
この呼び名は、地元の高校生が“ババ(年配の女性)”と“ヘラ”を組み合わせて呼んだ、という話がよく知られている。
このアイスの魅力は、何と言っても、ヘラで花の形に盛り付ける手さばきだ。
少しずつ重ねていくアイスが花びらのようになり、思わず足を止めたくなる。
幹線道路沿いや行事会場に立つ姿は、秋田の夏の風景として定着している。

花びらのような形が、見た目にも楽しい「ババヘラアイス」
秋田の食は、豪雪地帯という条件の中で、米と発酵を頼りに“食べ方”を組み立ててきた。鍋で体を温め、漬物や発酵食で日持ちと旨味をつくり、乾麺で冬の食卓をつなぐ。
きりたんぽやしょっつる、ハタハタ寿し、いぶりがっこ——どれも派手さよりも、生活の工夫がそのまま伝統の味になっている。
秋田の郷土料理は、その背景にも目を向けると、ぐっと面白くなる。
ふるさとの味探訪シリーズ
・北海道編 : ふるさとの味探訪 ~北海道編~
・青森編 : ふるさとの味探訪 ~青森編~
・岩手編 : ふるさとの味探訪 ~岩手編~


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