節分──「鬼は外、福は内」
日本には季節の区切りを伝える年中行事が多くある。
田植えや収穫の時期を知らせるもの、疫病や災いを遠ざけるもの、家族の節目を確かめ合うもの──形は違っても、暮らしの時間を整えるための知恵として受け継がれてきた。
その中でも節分は、季節の節目を最も端的に体現する行事だ。
立春の前夜、「鬼は外、福は内」と声に出し、豆をまく。
家の中に溜まった滞りを外へ出し、新しい流れを迎え入れるためのこの行事には、暮らしの中に区切りをつける役目がある。
本稿では、節分の由来と習わしを辿りながら、「鬼は外、福は内」という一節が、なぜ今も暮らしの中で生き続けているのかを読み解いていく。
節分の起源──春を迎える前夜
節分という言葉は、本来「季節を分ける日」を意味し、立春・立夏・立秋・立冬のそれぞれの前日を指していた。
季節が切り替わる境目は、気候や体調が揺らぎやすく、暮らしの中に乱れが入り込みやすいと考えられてきた。
そこで境目の前日に、災いを遠ざけ、次の季節を迎える行いが行われるようになる。
この背景にある考え方の一つが追儺(ついな)である。
追儺とは、災いのもとになるものを追い払う儀礼を指し、日本では奈良時代の史書『続日本紀』に、その様子が記されている。もとは宮中で行われていたが、のちに民間へも広がり、家の内外を整える行事として節分に結びついていった。

吉田神社追儺
節分は、もともと四季それぞれの前日を指す言葉だったが、やがて立春の前日として定着していく。立春が「春の始まり」であるだけでなく、一年の節目として受け止められてきたからだ。
旧暦のもとでは、年の始まりを告げる正月と立春が近い時期にあり、立春は年の区切りとして意識されていた。
その前夜に、家の内外を整え、溜まったものを外へ出して、春を迎える準備をする。
節分は、立春を前に家の内外を整える行事として、生活の中に根づいてきたのである。
豆まきの意味──鬼は外、福は内
節分の中心にあるのが豆まきである。
豆をまきながら「鬼は外、福は内」と声に出すのは、家の外へ追い出すものと、家の内に迎え入れるものをはっきり分けるためだ。

鬼は恐ろしい存在として描かれる一方で、節分においては、病や不運、人の心の乱れなど、暮らしに入り込む不調をひとつの姿にまとめた象徴として扱われてきた。
こうして、目に見えないものを鬼という形に置き換え、家の外へ送る。
そして家の内の空いた場所へ、福を迎え入れる。
しかしなぜ、この鬼を外へ出し、福を迎え入れるために「豆をまく」という行為が選ばれてきたのか。
背景には、穀物には邪気を払う力が宿るという考え方があり、とりわけ大豆は身近で扱いやすい素材だったことが挙げられる。
それに加え、「豆(まめ)は魔を滅する(まめ)」という語呂合わせも、由来のひとつとしてよく語られてきた。
また、「豆を炒る」を「魔の目を射る」と掛ける説明も知られ、節分では生豆ではなく、炒った豆(福豆)を用いるのが基本とされている。
ただし、用いられる豆は全国で一様ではない。
東北地方を中心とした寒冷地では、殻付きの落花生が使われることが多い。雪や土の上に落ちても拾いやすく、屋外にまいても後片付けがしやすいという、暮らしの条件に即した工夫によるものだ。

東北地方を中心とした寒冷地では、豆まきに殻付きの落花生を使うことが多い。
豆をまく行為は、それだけで終わるものではない。
散った豆を拾い、家の内を整えるところまでを含めて、節分の一連の行いは完結する。
節分の過ごし方──広がるかたち
節分には、豆まきのほかにも、暮らしの中で受け継がれてきた習わしがいくつかある。
恵方巻
恵方巻は、節分の日に食べられる太巻き寿司である。
多くの場合、「その年の恵方」と決められた方角を向き、一本のまま切らずに食べる。途中で話さず、最後まで食べ切る、という食べ方が広く知られている。

最近では、海鮮や肉などを使ったバラエティに富んだ恵方巻が選ばれることも多い。
このときに向く「恵方」は、気分や習慣で選ばれる方角ではない。恵方は、その年の暦の決まりにもとづいて、あらかじめ定められる。
日本では昔から、年ごとに運の流れを司る神がいると考えられ、その神が位置するとされる方向を「恵方」と呼んできた。
決め方は毎年同じ仕組みで、結果として恵方は、東北東・西南西・南南東・北北西の四つの方向のいずれかになる。
恵方巻は、この「年ごとに定まる方角」という考え方を、節分の食事に結び付けた習慣である。
ただし、現在のように全国で当たり前に食べられるようになった背景は、古くから続く宗教儀礼だけでは説明できない。
節分に何を食べるかは、もともと地域によって違っていた。
そうした地域ごとの食の習慣が、家庭の年中行事として整理されていく中で、節分の象徴的な食べ物として恵方巻が定着していったのだ。
現在の恵方巻は、信仰というより、一年の節目を意識し、暮らしを整え直すための文化として理解するべきものだろう。
柊鰯(ひいらぎいわし)──戸口を守る節分の魔除け
柊鰯は、焼いた鰯の頭を柊の枝に刺し、家の戸口や玄関先に掲げる節分の風習である。
豆まきと同様に、目に見えない災厄や邪気が家の内に入り込むのを防ぐ目的で行われてきた。
この風習で用いられる素材には、それぞれ明確な意味がある。
鰯の頭は、焼くことで強い臭いを放ち、その刺激によって邪気を遠ざけると考えられてきた。
一方、柊の葉は鋭い棘を持つ。この棘が鬼の目を刺し、家への侵入を拒むとされている。

厄除けの意味をもつ柊鰯
柊鰯は、この二つを組み合わせることで、邪を退けようとする発想に基づいている。
家の内と外を分ける戸口に掲げられることで、生活の境界を守る役割を果たしてきた。
節分が残してきたもの
節分は、目に見えないものを追い払う行事だ。
だが実際には、暮らしの中に入り込む不調や滞りを「外へ出す」「内を整える」という形にして、区切りをつけ直すための知恵なのだろう。
豆をまき、散った豆を拾い、家の中を整える。
恵方を向いて一本の太巻きを食べる。
戸口には柊鰯を掲げ、内と外の境目に目印を置く。
どれも派手な行いではないのに、終わったあと、家の中の空気が少しだけ変わる。
立春の前に一度立ち止まり、暮らしに区切りをつけ直す。
その積み重ねが、新しい季節を迎えるための準備になる。
節分が今も各地で行われているのは、この行事が日本人の季節感と深く結びついているからだろう。
春を迎えるとは、日本人にとって特別な感覚だ。
節分は、静かに春へ向かうための、ひとつの合図なのである。


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