おせち料理──日本の新年を祝う「願いの重箱」
正月の朝、日本の食卓に置かれる重箱。
ふたを開けると、黒豆や数の子、伊達巻など、色とりどりの料理がきちんと並んでいる。
日本で育った人にはなじみ深い光景だが、初めて目にする人には、少し不思議な光景にも映るだろう。
「おせち料理」と呼ばれるこの正月料理は、単なる豪華なお祝い膳という訳ではない。
もともとは新年の神様を迎えるための供え物であり、一品一品に「健康」「長寿」「子孫繁栄」「豊作」などの願いが託されてきた。
重箱に料理を重ねることにも、「幸せが幾重にも重なっていくように」という思いが込められている。
ここでは、おせち料理の歴史や成り立ち、一つひとつの料理に込められた意味をたどりながら、日本人が新しい年に託してきた願いに目を向けていきたい。
おせちの歴史とその始まり
おせち料理の歴史は、千年以上前までさかのぼるといわれている。
その源流は、平安時代の宮中で行われていた「節会(せちえ)」という行事にある。
節会では、季節の節目ごとに神様へ食べ物を供え、その恵みをいただきながら人々が集まり、宴を楽しんだ。
こうした「節目を祝う料理」が、やがて庶民のあいだにも広がり、特に一年の始まりである正月に重きを置いた形で受け継がれていった。
江戸時代になると、現在のように料理をお重に詰めるスタイルが一般的になっていく。
当時は冷蔵技術がなかったため、日持ちのする料理を中心に用意し、大晦日までに作り上げておくのが基本だった。
正月三が日は、できるだけ火を使わず、台所仕事を休む──。
その習慣には、「新年くらいは家事から解放されてほしい」という、家族、とくに女性への気遣いが込められていたとも言われている。
おせちの中身とその意味
おせち料理に詰められる一品一品には、新しい一年への願いや祈りが込められている。
代表的なものをいくつか挙げてみたい。
黒豆

「まめに働く」「まめ(元気)に暮らす」という語呂合わせから、健康と勤勉さを願う料理とされる。
数の子

ニシンの卵で、「二親から多くの子が生まれる」という由来と、つぶの多さから「子孫繁栄」を象徴する縁起物とされている。
ぷちぷちした食感が楽しく、新年の祝いには欠かせない。
田作り

カタクチイワシの小魚を甘辛く煮詰めた料理。かつて田畑の肥料としてイワシが用いられていたことから、「五穀豊穣」を願う一品とされる。
栗きんとん

黄金色の見た目が財宝や金塊を連想させることから、「金運上昇」や「豊かな一年」を願う意味が込められている。
甘い味わいは子どもから大人まで人気の一品だ。
紅白かまぼこ

紅白の配色が「めでたさ」や「魔除け」を表し、半月形の断面が初日の出を思わせることから、祝いの席にふさわしいとされてきた。
昆布巻き

「よろこぶ」との語呂合わせから、古くからお祝い事に用いられてきた。出汁の深い味わいが魅力で、巻き物のかたちと合わせて、「喜びが末永く続くように」という願いが託されている。
伊達巻

巻物や書物を思わせるかたちから、「学問成就」や「文化・教養の発展」を象徴するとされる。
色合いも華やかで、お重箱の中を明るく彩る存在である。
重箱に込められた意味
おせち料理と言えば、やはり「重箱」を思い浮かべる人も多いだろう。
料理を“重ねて”詰めるこのかたちは、「めでたさや幸せが幾重にも重なっていくように」という願いを表している。
重箱の段数や詰め方は家庭や地域によって異なるが、一般的な例としては次のような構成がよく知られている。
- 一の重:黒豆・数の子・田作り・紅白かまぼこなどの「祝い肴」
- 二の重:紅白なます、昆布巻き、酢れんこんなどの「酢の物・口取り」
- 三の重:ぶりの照り焼きや海老、煮しめなどの焼き物・煮物類
- 与の重(四段重の四段目):海の幸・山の幸をバランスよく詰めたり、家族の好物を入れたりする “ゆとりの段”
「四」は“死”を連想させるとして「与の重」と表記するのも、日本的な言葉の使い分けと言えるだろう。
もちろん、近年は二段重や三段重など、家族構成や食べる量に合わせて段数をコンパクトにしたおせちも増えている。
それでも「料理を重ねて詰める」というかたちだけは、今も変わらず新年の象徴として受け継がれている。
変わりゆく現代のおせち
かつては、年末に家族総出で数日がかりでおせちを作る家庭も多かった。
しかし、共働き家庭の増加やライフスタイルの変化に伴い、今ではデパートや料亭、専門店が手がける「注文おせち」や、インターネット通販の冷凍おせちが広く利用されるようになっている。
内容も、多くは昔ながらの定番を押さえつつ、
- ローストビーフやグラタンなどの洋風メニュー
- エビチリや酢豚を加えた中華風おせち
- 少量を美しく盛り付けた「一人用・二人用おせち」
など、現代の食生活や嗜好に合わせて多様化が進んでいる。
一方で、黒豆や数の子、煮しめといった伝統的な品目だけは「これがなければ正月らしくない」として、形を変えながらも根強く残っている。
かたちや味付けは時代とともに変わっても、「新しい一年を願いとともに迎える料理」というおせちの役割は、今も変わらず続いているのだろう。

時代の変化と共に、おせちの内容も多様化している。
おせちが語る、日本人の新年
おせち料理は見た目こそ豪華だが、その根底にあるのは家族の無事や一年の幸いを願う、ささやかな祈りである。
黒豆には「まめに暮らせますように」。
数の子には「子孫が繁栄しますように」。
昆布巻きには「喜びが重なりますように」。
ふだんは意識せずに口にしているおせち料理も、その由来や意味を知ると、重箱の中が少し違って見えてくるかもしれない。
新しい一年のはじまりに、料理に込められた願いに思いを巡らせてみること――
それもまた、日本のお正月を味わう大切な楽しみのひとつなのだろう。




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