日本の冬は鍋料理なしには語れない
日本の冬は、外に出るだけで体の芯まで冷えていく。
空が低く、風が鋭くなるにつれて、街の足取りも自然と早くなる。
最近ではクリスマスの明るい空気も広がったが、雪の多い地域では、曇天の下を冷たい風が抜け、人々は用事を済ませると早めに家へ戻っていく。
そんな冬に、日本の食卓に登場するのが鍋料理である。
ラーメンや寿司、天ぷらのように世界で知られる日本食は数多いが、家庭で「冬になったら食べたいもの」を挙げるなら、鍋が真っ先に出てくる。
湯気の立つ鍋を囲み、熱い具材を頬張る。
外の寒さが強いほど、鍋の温かさが際立つ。
作る側にとっても鍋は都合がいい。
具材を切って鍋に入れ、火にかければ形になる。
野菜も肉も魚も一度に摂れ、冷蔵庫の残りものも受け止めてくれる。
そして鍋が冬の定番であり続ける理由は、味や手軽さだけではない。
ひとつの鍋を皆で囲み、つつき合いながら食べるというスタイルは、日本人の「和」の精神を象徴するようでもある。
誰かが具を足し、誰かが取り分け、ひとつの鍋を共有する。
会話が弾み、笑いがこぼれ、そこには寒さすら忘れる瞬間がある。
鍋料理は、寒さをしのぐための料理であると同時に、凍えた心をもそっと温めてくれる存在でもある。
鍋料理の歴史
鍋料理の歴史を紐解くと、その起源は縄文時代にまでさかのぼる。
当時の人々は土器を用い、食材を火にかけて煮炊きしていた。つまり、日本人にとって「鍋を囲む文化」は、はるか昔から暮らしの中にあった。
しかし、日本の鍋文化が大きく発展したのは、弥生時代(紀元前300年頃〜紀元後250〜300年頃)以降のことだ。
弥生時代には鉄製の鍋が伝来し、より耐久性のある調理器具が使われるようになった。
また、古代から中世にかけての日本の食文化において「煮炊き」は重要な調理法であり、やがて囲炉裏(いろり)の登場によって、鍋料理のかたちも変化していく。
奈良時代(710〜794年)・平安時代(794〜1185年)には貴族文化が栄え、宮廷では炭火やかまどを使った煮炊きが主流だったが、庶民の家では、中央に「囲炉裏」が設置されるようになった。
囲炉裏は暖をとるだけでなく、調理の場としても活用され、そこに鉄鍋や土鍋を吊るして煮炊きするスタイルが確立されていく。
現在でも囲炉裏を使ったレストランは残っており、古き良き日本の面影を伝えている。

日本の伝統的な囲炉裏 暖をとるだけでなく、調理の場としても活用される
多種多様な鍋料理
鍋料理の魅力のひとつは、その地域ごとの多様性だ。
各地の気候や文化、食材に応じて、独自の鍋料理が生まれている。
北海道:石狩鍋
脂ののった鮭を味噌仕立てのスープで煮込む、北海道を代表する郷土鍋。
鮭の旨味と味噌のコクが合わさり、寒い季節に食べやすい濃いめの味になる。
定番の具材は、キャベツやねぎ、玉ねぎ、きのこ類、豆腐などで、仕上げにバターを落とす食べ方も知られる。
鮭のあらや切り身で出汁が出るため、家庭でも作りやすい鍋として親しまれてきた。
※石狩鍋については別記事でも解説:ふるさとの味探訪~北海道編~

北海道の郷土料理 石狩鍋
秋田県:きりたんぽ鍋
すり潰したご飯を棒に巻き付けて焼いた「きりたんぽ」を、鶏のだしで煮込む秋田の鍋。
きりたんぽがだしを吸って食べ応えが出るのが特徴で、主役は具材の豪華さよりもスープのうまさにある。
比内地鶏を使うと旨味が増すとされ、ねぎ、ごぼう、せり、舞茸など、香りのある野菜がよく合う。
由来については諸説あるが、山の仕事の合間に食べやすい米食として工夫され、鍋へつながっていったという話がよく知られている。
※きりたんぽ鍋については別記事でも解説:ふるさとの味探訪~秋田編~

秋田の郷土料理 きりたんぽ鍋
福岡県:もつ鍋
牛や豚のホルモンを、ニラ、キャベツ、にんにくなどと一緒に煮込む鍋。
脂の甘みがスープに溶け、野菜がたっぷり食べられるのが魅力で、いわゆる“スタミナ鍋”として定着している。
味付けは醤油や味噌、塩など店や家庭で幅があり、唐辛子や柚子胡椒で味を締めることも多い。
締めはちゃんぽん麺が定番で、スープの旨味を最後まで使い切るのが特徴だ。

福岡だけでなく、いまや国民的人気を誇るもつ鍋
山形県:芋煮鍋
里芋、肉、こんにゃく、ねぎなどを煮込む山形の定番鍋で、地域や流域で味付けが分かれるのも特徴だ。
たとえば内陸側は醤油味で牛肉を使うことが多く、庄内側は味噌味で豚肉を使う傾向があるなど、同じ芋煮でも土地の違いが出る。
秋の行事として「芋煮会」が開かれ、河川敷で大鍋を囲む光景は山形の季節の風物詩になっている。

河川敷などで開催される芋煮会では大鍋で調理される
ちゃんこ鍋
相撲部屋で食される鍋料理の総称で、特定のレシピ名というより“ちゃんこの形式”を指す。鶏ガラのスープを基本に、肉・魚・野菜・豆腐などをたっぷり入れ、量を作りやすいのが特徴だ。
栄養面を意識した鍋として知られ、部屋や力士によって味付けや具材は大きく変わる。
「鶏は二本足で立つため縁起を担ぐ」という話もあるが、これも一つの説として語られている。

相撲部屋の定番料理 ちゃんこ鍋
異国の味
また最近では、韓国の鍋料理も国境を越えて人気を集めている。
「キムチチゲ」は発酵の酸味と辛味が軸で、豚肉や豆腐、ねぎなどがよく合う。
「チーズタッカルビ鍋」は甘辛い味付けにチーズのコクを重ねるタイプで、辛さの中に食べやすさが出る。
どちらも“辛さが主役”になりやすく、日本の鍋とは違う方向で冬に強い鍋として定着しつつある。

お隣の国、韓国の「キムチチゲ」も人気だ
冬の体を支える鍋の効用
鍋料理の魅力は、その美味しさだけではない。
鍋には、寒い季節に体と心の両方を整える要素がそろっている。
体が冷えにくい
冬の冷えは、手先足先だけでなく、体の内側の温度も下げてしまう。
「冷えは万病のもと」などと言うように、冬は不調が出やすい季節だ。だからこそ、鍋のように熱い汁を口にできる料理が必要だ。
温かな湯気の立つ鍋は、冷えた体を内側から温め、食卓の空気までやわらげてくれる。
栄養を無駄なく摂取できる
鍋は、食材を「煮る」ことで成り立つ料理だ。
煮込むと、野菜やきのこ、肉や魚から出た旨味や成分がスープに溶け出す。
鍋は、体を整える必要のある季節に、具材の栄養を無駄なく摂取できる料理なのである。
コミュニケーションが生まれやすい
鍋の醍醐味は何と言っても「皆で同じ鍋を囲む」ことにある。
ひとつの鍋を皆で囲み、具材を足し、取り分ける。
そこには自然と会話のきっかけが生まれ、温かな空気が流れる。
鍋は、料理であると同時に、コミュニケーションをつくる役割をも担っている。
鍋料理には、それぞれの家庭の物語がある。
子どもの頃、家で食べた寄せ鍋の湯気。
友人たちと笑いながら囲んだ辛いキムチ鍋。
鍋は味だけでなく、その場にいた人と時間ごと、冬の記憶として残っていく。
今年の冬、あなたはどんな鍋を囲むだろうか。
さあ、鍋を用意しよう。
そして、日本の冬を、鍋とともに味わい尽くそう。




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